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2008年12月20日

観光沖縄の別の顔コザ暴動




1970年 - コザ暴動。







コザ暴動(コザぼうどう、Koza Riot)とは、1970年12月20日未明、アメリカ統治下のコザ市(現在の沖縄県沖縄市)で、交通事

故を契機に発生した車両および米軍施設に対する焼き討ち事件である。当時、米軍人や軍属などが住民に対して起こした犯罪

や事故に対して下される処罰が軽微であったこと、特にベトナム戦争下で出撃基地となったことで米兵によるそれらの犯罪や事

故が多発したこと、前年に判明した米軍の毒ガス漏れとその撤去に対する米軍の対応の遅れ、さらに上記要件も含めた上での

本土並み(基地抜き)復帰運動の高揚、それらに伴う抗議行動に対する在琉米軍の施策である兵士のコザ市内への立ち入り

禁止令(オフリミッツ)によって不利益をこうむる者とそうでない者との対立など、群衆の間に長年にわたる不満があったこと

がその背景とされている。コザ騒動(コザそうどう)、コザ事件(コザじけん)、コザ騒乱(コザそうらん)とも呼ばれる。





事件の勃発


1970年12月20日午前1時過ぎ、コザの中心街にある胡屋十字路から南に200メートルほどの地点で、軍雇用員の男性が、アメ

リカ軍教務兵の運転する乗用車にはねられる事故が発生した。事故自体は軽微なものであったが、前述のような感情が高まっ

ていた群衆がMPによる事故処理に不信感を持ち事故現場を取り囲み、MPの事故処理に対する不満・不信を口々に叫ぶなど

周囲は騒然となった。MPは現場での取り調べをあきらめ、近くにあったコザ警察署(現沖縄警察署)に加害者を連れて行こうと

した。これが群衆には加害者を隠匿するかのような行動に映り、MPと加害者を移動させまいともみ合いになった。加えて、近く

でもう一件の交通事故が発生し、周囲の混乱がさらに大きくなったところでMPが群衆に対して威嚇射撃を行ない、これを契機

に群衆がMPと加害者に襲いかかった。群衆はさらに、当時ナンバープレートの色によって区別されていた米軍人・軍属用の車

両に次々と放火した。






沖縄県は観光で注目されてるが、未だに基地関係の

軍人のトラブル、犯罪に遭遇している。

1970年のコザ暴動を幼い私は知らないが

今暴動が起こってもおかしくないことが

日々起こっているのが・・・現状である。





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Posted by HAPPY オトン at 09:18│Comments(4)TrackBack(0)歴史・事件

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この記事へのコメント
こんばんは 懐かしい記事ですね。その時 園田で飲んでました
私達も暴動に加わりました。圧巻でしたよ外人は私のワイフ
ジャパニーズと言いながら逃げ回ってました。
今日の状況もその時に近いですね。あまりにも基地の不祥事が
多くて・・・・本気になって改善してもらいたいです。
金武の射撃訓練場も大きな問題になりそうな感じがしますね。
Posted by (有)ちゅらさん(有)ちゅらさん at 2008年12月20日 17:56
>>(有)ちゅらさんさん

いや~若かったんですね。

暴動に参加したんですか・・・凄い・・・

今度オフ会のときにゆっくり聞かしてください。☆
Posted by HAPPYオトンHAPPYオトン at 2008年12月20日 19:57
こんにちは、はじめてコメントします。

大学の友達が沖縄の出身だったので色々と基地に関しては聞いていたのですが、このような事件があったとは知らなかったです。

沖縄には一度旅行で行った事があるのですが、楽しい思い出しかないので今でもこのような緊迫感があるとは悲しいですね。アメリカには一度、現在の状況をきちんと理解した上で改善策を考えて頂きたいですね。
Posted by ミラーマン at 2008年12月21日 00:39
>>ミラーマンさん

こんちは~

沖縄・・・意外と知られてない部分多いですよ・・・

海兵隊のグアム移籍に日本が多額のお金

使うのもおかしな話しです・・・

基地が縮小するのは賛成ですけどね。^^
Posted by HAPPYオトンHAPPYオトン at 2008年12月21日 09:56
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